教員どうしの【イジメ】本当にある!?

複数の教員が「いじめ」を行っていたというニュースを覚えていらっしゃいますか?

本当のところ、教員のいじめは、神戸で起きている1件だけではないと考えます。

今回は、ここから見えてくる、「学校」という閉鎖的な職場についてお伝えします。

 

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「いじめ」の定義は?

運動会
小学校のイメージ

ニュースで取り上げられている小学校では、実際に教員間のいじめがあったと認識している方が多数いらっしゃいます。

今回、教員間のいじめ問題が明るみに出たことは、大きな前進だと個人的には思います。

 

ただ、どのような行為が「いじめ」に当たるのでしょうか。

まずは、「いじめ」の定義について見ていきます。

 

自分より弱い者に対して、一方的に身体的・心理的攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの

広辞苑より引用

「いじめ」の定義については、教員免許を所有する人であれば、必ず学ぶものです。

 

要するに、相手が心から「これは いじめだ」と思ったことが すべていじめにあたります。

だから、あなたが面白がって行ったことが「悪ふざけ」であっても、相手が苦痛だと感じれば「いじめ」になるのです。

 

教員のいじめはある?

では、ニュースで取り上げられた この学校以外は、どうなのでしょうか?

いじめ問題は、本当に教員どうしの間で起きているのでしょうか?

 

実際に、わたしが勤めていた学校では、手を上げるというような直接的な「いじめ」はありませんでした。

ただ、本人がいるところで悪口を言ったり、ふざけて ちょっとした嫌がらせをしたりしているところは見たことがあります。

これを「いじめ」とするかどうかは人それぞれかもしれません。

 

ただ、その当時、初任者だったわたしは、

あぁ、どの先生たちも、ストレスが溜まっているんだな

と感じました。

 

そのようなことを思っていると、ある先輩の教員に

「イヤなことはない?ツラくない?」

と訊かれました。

わたしは、即答で「ありません」と答えましたが、その先輩は、続けて次のように言っていました。

わたしが初任者だったときは、嫌がらせがひどくてね…大変だったよ。

 

くわしく その話を聞くと、この先輩教員の上司から、嫌がらせを受けていたというのです。

被害を受けた 先輩教員は、女性の方です。

そのため、上司に髪の毛を強く引っ張られたことがあると聞きました。

とくに理由もなく、ふざけて引っ張られたようで、本人も「これはいじめだ」とおっしゃっていました。

 

さらに、この先輩教員は、上司に直接 足で蹴られた経験があるということも聞きました。

軽く蹴られたため、ケガはなかったそうですが、ふつうに考えて あり得ないことだと思いました。

 

わたしが初任者だったときは、そのような「いじめ」は一切なく、無事に1年目を終えることができました。

それもまわりの先生方のおかげですね。

 

 

ここまで見てきたように、学校によって、教員間のいじめが起きているところもあるということがお分かりいただけるかと思います。

子どもに「いじめ」はダメだと言っておきながら、教員間での 嫌がらせは「いじめ」と認識しない・・・

なんとも言えない、危険な雰囲気が いくつもの学校内で感じられるのは確かです。

 

なぜ教員がいじめる?

大きな原因は、ストレスです。

学校の先生たちは、つねに、社会から、上司から、子どもから、保護者から、家庭からのプレッシャーを強く受けています

 

家に帰っても持ち帰った仕事をこなす日々が続きます。

部活動の顧問であれば、休日などないのは 当たり前なのです。

中学の教員である わたしの友人は、「今日で56連勤だよ」とTwitterでつぶやいていたことがあります。

わたしは、同じ時期に高校の教員をしていました。

しかし、ほぼ毎日 定時に帰っていましたし、持ち帰り仕事もゼロでした。

 

わたしの個人的な感覚からすると、小学校や中学校は、高等学校よりも業務が立て込みやすく、ストレスを感じやすい職場です。

このストレスを発散するために、ほかの教員をいじめてしまうのではないか、と推測されます。

 

休日も返上して仕事をする先生たちの姿には、どこか心苦しさを感じます。

今もなお、身を粉にしてまで、国民全体の奉仕者として働いています。

いつ病んでもおかしくありません。

 

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ストレスだけではない

さらに、問題として挙げられることが もうひとつあります。

一昔前と比べてかなり改善されましたが、いまだに 年功序列がはびこっていることです。

 

早い話が、学校は、上司の命令には従わざるを得ない職場なのです。

上司は、経験があるからなのか、なかなか自分の主張を曲げようとしません。

まるで、自分が中心になって学校という組織を運営しているかのようです。

下っ端の教員には、「オレ様の意見が正しいのだから、自分に従いなさい」というように、圧力をかけてきます。

これは、わたしも経験があるので 確かなことです。

 

また、どれほど違和感のある主張であっても、校長や教頭、各主事・主任が是と言えば是です。

もちろん、出世や人事異動に関して、良い方向に取り計らってもらえるよう 上司に媚を売ることもあります。

知らない方が多いようですが、そのような年功序列のブラックさも学校にはあります。

 

さらに加えて、教員の中にも差があることが一因になっているとも考えられます。

「教える」ということひとつをとってみても、教員によって大きな差があります。

「教えることは下手な先生は、先生になっちゃいけないよね」

という固定観念があります。

 

だから、教え方が下手だったり、生徒の人気がなかったりする先生に対しては、ターゲットになりやすいということもいえます。

また、常勤講師だったり、非常勤講師だったりすると、立場そのものが正規教員よりも低いため、多くを口出しできず、いじられることがよくあります。

正規教員は、「偉い」という固定観念をもっていることが多い印象です。

何が偉いのか、わたしには分かりません。

 

 

教員は感情をもたない?

わたしと同期のある先生は、先輩の教員よりもはるかによくできる人でした。

その同期の人は、先輩教員に「君は、よくできるから可愛くないよ」と言われたことがあるそうです。

 

つまり、教員も人間だから、同僚に嫉妬することがあるということです。

 

さらに、この同期の人は、それ以外の先生からも、嫌がらせのようなことをされていたと言っています。

学年団で作業をしていたとき、わざと作業のスピードを遅くしてくる先輩がいたというのです。

暴力を振るわれたというレベルの話ではないですが、小学生のようなことをする教員がいるのも事実です。

 

教員は 教員である前に、ひとりの人間である

これは、忘れてはいけないことだと考えます。

 

教員は、感情を押し殺して働くべきだと、どこかで聞いた覚えがあります。

しかし、「国民全体の奉仕者として」働く前に、人としての営みができなければ、教育は崩壊し、極端な話、日本が滅びます

 

人間は、喜怒哀楽をもっています。

もちろん、嫉妬もします。

好意を寄せる人が同僚の中にいることだってあります。

 

これは、教員として働いている人にも言えることです。

しかし、なかなか認められず、苦しんでいる方がいらっしゃるのも事実です。

 

世間一般的に、変な教員を認めることは まだ難しいようです

 

ただ、少数派の生徒を守らなければならないときは、こうした認められない教員の方が、生徒の気持ちに寄り添いやすいと言えます。

教育に人間味が出て、生徒もついてきてくれるイメージがあります。

マニュアル化された対応をする ほかの教員とは大きく差がつくところですよね。

わたしなんかは、マニュアル化された方が対応しやすかったので、人間味に欠けていたように思います。

 

 

ここまで お伝えしてきた話は、すべて、「学校」という閉鎖的な場所での話です。

どれほど窮屈な職場で 教員は毎日を過ごしているか、少しずつ見えてきたかと思います。

 

窮屈な職場で、風通しが悪いからこそ、いじめなんて起こるのです。

ストレスを溜めない・溜めさせないように、国は、もっと余裕のある教育改革をするべきです。

今のような教育では、余裕がなさすぎて、教員も、教えられている子どもも、かわいそうです。

「かわいそう」だけで話が終わればよいのですが、教育は、今後の日本の未来を担う若者を育てる場です。

そのような場で、余裕のない教育を受けて育った子がどのような大人になるでしょうか。

余裕がない中で、精神疾病を患ったり、引きこもりが増えたりはしないでしょうか?

わたしは、危惧しています。

今後の日本が本当に滅びてしまうのではないか、と。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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